13 平和・ユニセフ・フードバンク

2017年7月18日 (火)

安田菜津紀さんの講演会に参加しました。(^o^)

ユニセフのつどい
2017年6月25日(日)  13時30分~16時 水戸市福祉ボランティア会館にて
参加人数:99名(いばらきコープから13名)

茨城県ユニセフ協会主催で、ユニセフのつどいが開催され、安田菜津紀さんの講演会がありました。安田さんは内戦等で難民になったり、怪我を負ったりした人々を取材し、現状を世界に発信しているているフォトジャーナリストです。テレビ等にも出演されています。
この日のお話で、まだまだ私達は紛争地域の情勢の事はわかっていなくて、その無関心こそが、問題であると気付きました。また、「自分の写真でどこまで実情を伝えられるか?」と悩まれた時期もあって、「人それぞれに役割分担があるんだよ」とある人に言われて、再び自信を取り戻されたというお話を聞いて、私も自分に出来る事に取り組んで行きたいと思いました。

☆参加者の感想☆
もっと関心を持って世界のニュースに耳を傾けたいと思います。日本にもかつて戦争があったように、戦争が過去のものになっていく事を子ども達の為にも願います。
現地を体験された方のお話は、とても親密性が感じられて、悲しくなる時もありました。聞けて良かったです。

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茨城県ユニセフ協会副会長と安田さん

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爽やかな印象の素敵な方でした

2017年7月10日 (月)

林田光弘さんの講演会と平和の紙芝居実演会が開催されました

2017年6月11日(日)13時~15時30分 JA会館本館

この催しは、いばらきコープも参加するピースアクョン実行委員会主催の講演会と紙芝居実演会です。
林田さんは、ヒバクシャ国際署名のキャンペーンリーダーで、現役の大学院生です。長崎県出身の被爆3世で、平和の活動を始めたきっかけは、高校生平和大使での経験が大きかったそうです。この署名が集まる事が、核兵器禁止条約制定の気運を高める後押しになるそうです。
子ども達の未来は、大人達の行動によって変わってくるので、責任があると話され、参加の大人達は自分自身を振り返り自問自答しました。この日は始めに茨城大学紙芝居研究会による平和の紙芝居実演(茂木貞夫.高橋久子物語)2本と、被爆者の茂木さんからの挨拶もありました。親子や若い親世代の参加もあり、平和を考える良い機会となりました。

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茂木貞夫物語実演

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高橋久子物語実演

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挨拶される茂木貞夫さん

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林田光弘さんの講演会

2017年2月 3日 (金)

総代優先企画ピースバスツアー『第五福竜丸展示館』見学会に行ってきました!〜中部ブロック委員会

2017年1月31日(火) コープデリ笠間センター&コープ水戸店集合
参加人数:40名(地域理事 ブロック委員含む)

当日は凛とした冬晴れで冠雪した富士山がとても綺麗に見える中、江東区夢の島公園内に展示されている第五福竜丸展示館に向かいました。

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展示館内には、遠洋漁業に出ていて被害にあった木造漁船「第五福竜丸」の船体が展示されてて、その船体の下でボランティアガイドの方が丁寧に分かりやすく当時の様子をお話してくださいました。

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昭和29年3月1日、太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験によって爆心から東方150kmの海上にいたマグロ漁船「第五福竜丸」が被害を受けました。そして、放射能を浴びた珊瑚の灰は甲板に足跡がつくくらい降り積もったとの事です! 2ヶ月後の5月頃から強い放射能を含んだ雨が降り日本に不安が広がったとのお話には、かつて子供の頃「雨に濡れると禿げる」とか「服に穴があく」と親に言われたのを思い出しました!! とのお声をたくさんいただきました。説明をいただいたあとは、館内の展示パネルや水爆被災に関する写真をじっくりと見ながら涙する方も……。

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乗組員23名の中の無線長だった久保山愛吉さん(当時40歳)は、被爆した半年後の9月に【原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい】の言葉を遺して亡くなったそうです! この言葉が原水爆の無い未来に繋がっていくことを願いたいと思います。

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バスの車中では、1945年8月広島で原爆の被害を受けた茂木貞夫さんと高橋久子さんの被爆後の半生が紙芝居で表現された「次世代に伝えたい紙芝居」のDVDを流し鑑賞! 皆さん熱心に見いってくださいました。

◎参加者感想
●子供の頃に親から聞き、気になってたので見学出来て説明も聞けて良かった。
●第五福竜丸保存に力を尽くしてくれた武藤さんに感謝です。世界中の方に見て欲しい。
●ボランティアガイドさんのお話がとても分かりやすかった。
●紙芝居の鑑賞も平和を考える企画に合っていて良かった。
●次世代に向けて今の平和を守るべきだと痛感しました。
等々……皆さん今回の見学会において平和とはと言うことを改めて考える事が出来た! と参加できたことを喜んでくださりました。また、私達ブロック委員にもたくさんのねぎらいの言葉をいただきありがたく思いました♪
また、総代さん及び組合員さんに喜んでいただける企画を考えたいと思います(^^)

♡今回の見学会で〔平和募金〕に1,300円のご協力をいただきました♪ ありがとうございました(*^^*)♡

2016年12月21日 (水)

謎の戦跡? 百里原海軍航空隊跡地を見学してきました

県内の平和施設、戦跡調査の一環で行ってきました。
2016年11月30日(水) 11時~12時 茨城県小美玉市山野
参加者:平和担当職員1名 理事2名 小美玉市の平和団体の方1名

百里原海軍航空隊は、筑波海軍航空隊の分遣隊として、昭和14年12月実用機専修、練習機専修の目的で設置されました。予科練生の訓練も行われ、末期には特攻隊が編成され、沖縄方面の特攻作戦に従事しました。
この日は、出撃前に兵士がお参りした百里神社と鳥居、石碑を見ることが出来ました。戦後再建されたものですが、どんな気持ちで参ったのだろうと、想いを巡らせました。 また、近くには、航空隊営門の門柱と、滑走路だったと思われる道路を見ることが出来ました。
その後、農家の敷地内にある謎多き戦跡を見学しました。近くの人しか知らないもので、市の調査では長波方位測所跡、防衛省資料室蔵の航空隊配置図によると、光学兵器整備場ではないかという事です。未だにここまで残っているの珍しく、戦争を伝える戦跡として保存が望まれます。

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謎の戦跡、長波方位測所跡とも光学兵器整備場とも言われている。

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当時の建物のつくりが良くわかる。

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百里神社の石碑

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百里神社の鳥居

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百里神社の祠

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航空隊営門の門柱

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滑走路と思われる真っ直ぐな道路

2016年12月 6日 (火)

霞ヶ浦海軍航空隊本部跡地(茨城大学農学部井関農機茨城センター)を見学してきました

2016年11月30日(水) 14時~16時 阿見町中央3-21-1、阿見4818
参加者:平和担当職員 理事2名  あみ観光ボランティアガイド3名

戦跡・平和マップ記載の戦跡ではありますが、より詳しいお話を聞くため、あみ観光ボランティアガイドさんと茨城大学農学部周辺の戦跡を巡って来ました。
霞ヶ浦海軍航空隊は、水上機及び陸上機の練習場として、霞ヶ浦があり最適な場所という事で、大正10年に霞ヶ浦飛行場ができました。英国のピンセル教育団の講習が行われ、大正11年に海軍航空隊3番目として開設されました。
その後、昭和14年から15年に土浦海軍航空隊が開隊されるまで、予科練教育も行われました。
戦後は、私立霞ヶ浦農家大学→県立農家大学→茨城大学農学部となり、戦跡は数多く残っています。学校であった事で戦跡が残りやすかったのではないかと思いました。
また、隣接する井関農機茨城センターは、昔中央格納庫だったそうで、そちらも見学させていただきました。

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方位盤の説明文

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水戸、秋田の字が見て取れました

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第一士官宿舎階段親柱説明文

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第一士官宿舎階段親柱

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防空壕

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説明を受ける生協一行

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軍艦旗掲揚塔説明文

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軍艦旗掲揚塔

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井関農機茨城センター

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当時の雰囲気が伝わる建物

2016年11月24日 (木)

被爆体験紙芝居(茂木貞夫物語)実演会を開催しました

2016年11月12日(土) 10時~12時30分 コープうしく店にて
参加者:31名

コープうしく店で、被爆体験紙芝居の実演会を行いました。
この紙芝居は、県内在住の被爆者茂木貞夫さんの体験談をもとに、茨城県連ピースアクション実行委員会の依頼で、茨城大学紙芝居研究会が製作したものです。
当日は、茨大4回生の赤間さんに実演していただき、その後、茂木さんご本人に体験をお聞きしました。体験を聞いて涙する参加者もいらっしゃいました。平和担当からピースアクションinヒロシマの参加報告も行い、その後、すいとんを食べながらの交流会となりました。
参加者からは、若い学生さんが関わられている事に驚いた。茂木さんの話を直接聞ける機会があり貴重な体験だった。などの感想が寄せられました。
被爆者さんが元気に活動されている事は、本当に奇跡的な出来事が重なった結果だと改めて実感しました。開催にあたって、テーマネット「あひるの会」、南西ブロック委員会さんにご協力していただきありがとうございました。

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実演する茨城大学の赤間さん

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体験を語られる茂木貞夫さん

2016年11月 2日 (水)

茨城にも有った基地問題の歴史、百里平和公園を見学して来ました

2016年10月19日 1時半~2時半 茨城県小美玉市百里311-3415
参加者:2名(平和担当理事、職員)

県内の平和施設、戦跡調査の一環で行って来ました。
百里が原は、戦後満州などから引き揚げて来た人々が機銃弾や爆弾の破片の中を開拓して来ましたが、1955年に航空自衛隊の百里基地建設計画が持ち上がり、農機も無く食料難であったので、多くの開拓民がやむなく土地を売り渡しました。
その後、基地に反対する地主がその土地を売らず、飛行機の誘導路はまっすぐにならず、「くの字」に曲がったものになりました。
全国の人々が土地を一坪づつ所有して、基地拡張を許さないという運動を全国に先駆けて展開して来ました。そして、基地に反対して土地を売らなかった地主さんが平和公園を作りました。沖縄の基地問題は、全国的に知られていますが、こんな身近に基地問題の歴史が有ったんだと驚きました。見学中何度か自衛隊機が通りました。付近住民が騒音に悩まされているのは確かなようです。

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普段はこの門の鍵がかかっています

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土地がくの字に曲がっている事を確認出来ました。
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平和公園内の建物

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公園を管理されている平和団体の皆さん。この日は草刈りが有り開門されていました。

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公園内には神社も有りました。

2016年10月27日 (木)

現在も使用されている戦跡……北浦海軍航空隊跡地見学

2016年10月19日 11時~12時 茨城県潮来市大生
参加人数:2名(平和担当職員 理事)

県内の戦跡調査の一環で、北浦海軍航空隊跡地を見学してきました。
北浦海軍航空隊とは、昭和16年10月に鹿島海軍航空隊の分遣隊として独立し、その後練習航空隊に指定され、水上機操縦教育を担当していたそうです。施設の建設の際には、朝鮮労働者達が働かされていたそうです。
現在は、潮来マリーナがあり、当時からあるドック(港)の半分は釣り堀となっています。戦跡がそのまま使用されている事に驚きました。
本部や兵舎跡地は、現在茨城大学広域水圏環境科学教育研究センターと老人ホームになっています。それ以前は学校があったそうで、軍の施設があった所は、教育機関など公共の施設になって行った事がわかりました。

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水上機スリップ(水上機の離着陸用傾斜)後方が、コンクリート貼りの滑走台

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北浦航空隊物故者水難者慰霊塔 何故か魚の供養塔と並んでいます。

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跡地に建つ茨城大学広域水圏環境科学教育研究センター

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茨大研究センターの前に建つ北浦海軍航空隊跡地の碑

2016年10月24日 (月)

ピースバス〜筑波海軍航空隊記念館に行って来ました〜北部ブロック委員会

2016年10月19日(水)
参加人数:18名

秋の季節が深まりつつある日に笠間市にある「筑波海軍航空隊記念館」にピースバスツアーで行って来ました。バスの車内にて「次世代に伝えたい紙芝居〜茂木貞夫物語〜」のDVDを鑑賞しながら移動していきました。

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茂木貞夫物語を車内にて上映。

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記念館の施設は、日本最大規模で現存する戦争遺構で、霞ヶ浦海軍航空隊の友部遣分隊として開設され、特攻の実行が最初に決められた地になるそうです。海軍の航空隊になるので甲板からの離着陸を想定して滑走路は700mしかなく、操縦訓練はとても技術が必要だったとのことです。
航空隊の隊員は、エリートで体力のある10代〜20代前半の若者が多く、戦況が悪化すると軍からの指令で「体当たり攻撃(特攻)」が出され「神風特別攻撃隊」として多くの若者が出撃し命をおとしました。
館内には、出撃する前に残した遺品があり、家族・大切な人に向けた言葉が溢れる感情を抑えて記されていました。
映画「永遠の0」のロケ地で多くの人に周知されるようになりましたが是非1度は訪れて「戦争」と「平和」について考えて欲しい場所だと思いました。

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滑走路は、とても短いと感じました。

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白い絹のマフラーに書いた家族宛ての手紙

午後は、立ち寄り先「コープひたちなか店」にてお買い物をしました(*^^*)
ハロウィン仕様に飾られていてワクワクしながらお買い物をしました❤ 鮮魚コーナーも新鮮なお魚が綺麗に並べられていてオススメの食べ方のコメントもあり助かります。沢山お買い物をしてしまいました(≧∇≦)

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ハロウィン仕様でワクワクお買い物〜♪

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新鮮なお魚がいっぱい〜❤

ー感想ー
・優秀な学生が特攻で命を落としたことは、日本の繁栄にマイナスになったと感じました。
・記念館のガイドさんの説明がわかりやすく熱意を感じ、胸の奥までしみわたりました。ありがとうございます。
・当時の私物や展示物が沢山あり、懐かしさでタイムスリップしたようです。
・ピースバスツアーに参加しなければ記念館に来られなかったので今回の企画に参加出来て良かったです。
・貴重な建物や資料を見聞き出来ることは とても大切なことなので是非施設を存続させていただきたいと思いました。

北部ブロック理事 鈴木

2016年10月11日 (火)

平和グループあひるの会共催ピースバスツアー〜南西ブロック委員会

2016年10月2日(日)
参加人数:メンバー5名 一般組合員11名 理事 計17名

【筑波海軍航空隊記念館】
この施設は「永遠の0」のロケ地になったところです。それまでは近くに住んでいる方たちにも知られていなかったようです。友部分遺隊から独立した施設でここに来る練習生はエリートで海兵隊のあこがれだったようです。半年という通常よりも短く厳しい訓練を経て出撃しました。

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病室の再現

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窓ガラスが爆風で割れないようにテープが貼られています

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海兵隊は首元が冷えないように首にスカーフを巻いています。そのスカーフを外してそこに書いた遺書。歪んでいる意味がわかりました

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号令台 

学校でいえば高い朝礼台のようなものでしょうか。現在も当時のままの姿を残しています。

閉館の危機もあるそうですが、是非残していって欲しいと思います。

【水戸市平和記念館】
水戸駅近くの街中にある小さな施設です。ガイドさんより当時の様子を話してもらいました。
焼夷弾は、小さいがコールタールが含まれていて衣服や皮膚に付いてしまったら燃え尽きるまで消えないこと。それをピッケルではがしたこと。1t爆弾は建物を破壊するもの。主に県庁所在地が狙われ一面焼け野原にしてしまったこと。原爆は子孫の代まで破壊することなど、現在何の不自由もなく暮らせていることが不思議なくらいの復興力があったのだと驚きます。
体験談なども展示してありましたが、以前は高齢になったご本人の手記が多かったように思えます。今回気付いた事は「私の父が……」とか「私の祖父が……」と言い継がれたことが多く載っていたことです。体験した方が少なくなってきている今、私たちも教えていただいた事を次の世代に引き継いでいく事が使命だと感じました。

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火の粉を落とすのに役立ったピッケル

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